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2019年 10月 21日
![]() 自慢じゃないが、粗忽者である。 ある人が、お連れ合いがいつも牛乳パックの反対側を無理やり開けようとしてぐちゃぐちゃにする、どうやったらそんなことになるのか、まったく信じられないといたくお怒りになって、開け口がぐちゃぐちゃになった牛乳パックの写真を載せていた。 自慢じゃないが、私もしょっちゅう反対側からこじ開けようとしてぐちゃぐちゃにするタイプである。なぜか、そうなってしまう。ある人々から見ればまったく信じられないことかもしれないが、案外そういう人は多いんじゃないかと、このメーカーの牛乳パックを見て思った。開けるべき方向にブランド名よりも大きく、赤い字ではっきりと「あけくち」と書いてある。 このパックをデザインした人にその理由を聞いてみたい。反対側から開けてしまう人が案外多いというデータがあるのか、あるいは消費者から要望があったのか? 案外、これをデザインした人自身がいつも紙パックの反対側から開けてしまうタイプなのではないかと、私は思う。 世の中は粗忽者に満ちあふれている。 強引な結論である。 なんか、疲れている。
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by Kcouscous
| 2019-10-21 21:58
| あれやこれや
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2019年 10月 14日
![]() 昨日の午前2時の訪問者の謎が解けた。 昨日の朝、いつもスリープ状態にしておくデスクトップ・パソコンを起こそうとしたら起きなかった。ん?と思ったら、電源が落ちていた。その時は変だなあくらいで終わったのだが、晩ごはんのしたくのとき、お湯を出そうとしたがお湯にならない。あれっ?と思って振り返って壁のリモコンを見ると、電源がオフになっている。それであっと気がついた。 台風の晩、短時間だが停電があったのだ。たぶん午前1時ごろ停電して、2時過ぎに復旧した。そして電気が戻ったときに玄関のドアチャイムが自動的に鳴ったのだ。動作確認のためかどうか、そういうことがあるのは聞いたことがある。どうにも不可解で一日気になっていたが、それで納得がいった。あの大雨と強風のなか、午前2時に訪ねてきた人は誰もいなかったのだ。 「そういうことね」と、ミス・マープルは言った。 #
by Kcouscous
| 2019-10-14 10:14
| あれやこれや
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2019年 10月 13日
![]() しかし昨夜は市内県内の河川が氾濫するかもしれない、各所で土砂崩れの危険があるというので市役所からたびたび警報メールが来て、それに悩まされた。どういうシステムになっているのか、音量を最小にしてもマナーモードにしても最後は電源を切ってもぜんぜん効かず、夜中でもかまわず大音響で鳴り響くのだ。この音のほうがよっぽど怖い。 住民への周知がなかったとか遅れたとか批判されたくないんだろうが、本当に危険が迫っている地域ではけたたましくサイレンが鳴って広報車が避難を呼びかけて走り回っているだろうし、またそうすれば済むことだし、該当地域の住人だって携帯を持っていないお年寄りなども多いかもしれない。それを市全域に一律に、市民の携帯電話に向けてぽんと一括送信すればとりあえずオッケーという考えかたはやめてほしい。 そんなわけでiPhoneの上にクッションを4枚載せて押さえつけ、ようやくうとうとと眠りについたと思ったら、夜中の二時過ぎに玄関のドアベルがピンポーンと鳴った。ん? 夢か?と思っていると、もう一度ピンポーンと鳴る。もしかしたら避難の呼びかけか、あるいは助けを求める人か、飛びそうなものだけは片付けたがひょっとしたらお宅のベランダからこんなものが飛んできたという苦情かもしれないと思って、あわてて出てみると、玄関の外には誰もいない。んーーーあれは何だったんだろう?! 今日はときどき、ふらーっとめまいがする。 * さて、新米が届いたが、世界の和平は冷え切っている。 #
by Kcouscous
| 2019-10-13 10:16
| あれやこれや
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2019年 10月 06日
![]() めずらしいものを見つけたら、とりあえず買って食べてみる。 これは料理用の青いパパイヤ。ぜんぜん甘みはないが、千切りにしてかじるとほんのり果物のパパイヤの香りがした。ヴェトナム映画の料理の場面を思い出しながら炒めて食べた。 白ごまを振ってきんぴらにしたのもおいしかった。 ![]() ![]() 『綾瀬はるか「戦争」を聞く I&II 』TBSテレビ『NEWS23』取材班・編 (岩波ジュニア新書/2013、2016) 前回からの流れでこの二冊。 私は知らなかったが、『NEWS23』という番組で「綾瀬はるか戦争を聞く」というシリーズ企画があったそうだ。この本のIはその2010年から2012年、IIは2013年から2015年の放送分の内容をまとめたもの。広島、長崎、ハワイの真珠湾、沖縄、陸前高田で、綾瀬はるかが40人余りの戦争被害者に会って、持ち前の率直さでさまざまな戦争体験を聞き出してている。 ジュニア向けの新書なのでどの話も短く簡単にまとめられているが、その内容は十代の若い人たちに切実さをもって十分に伝わるのではないかと思う。Iは2018年時点で8刷、IIは2019年で3刷を重ねているので、戦争の記憶を語り継ぐべき若い世代には案外読まれているのかもしれない。こういうものは「戦争で解決するしかない」などと言い捨てる想像力がまったく欠如したバカ議員に読ませたい気がするが、想像力がなければたぶん読んだって何も感じないんだろう。 #
by Kcouscous
| 2019-10-06 17:13
| 製本/本
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2019年 09月 29日
![]() お向かいの塀の上に耳のちぎれたマジ猫が姿を見せなくなったと思ったら、最近はほっそりした黒猫が来てじっとこちらを見ている。 しかしこの後脚の投げ出しかたを見ると、あまり本気でメッセンジャーをやろうという気はないようだ。 *今日の一冊 「希林さんといっしょに。』是枝裕和(スイッチパプリッシング/2019) 映画づくりと演じることについての是枝裕和と樹木希林の対談集。 各々の作品の製作過程と、その間起こったさまざまなエピソードが語られていて興味深い。もちろん作品はできあがったものがすべてで、どういうことを表現しようと意図したとか、演技にどういう工夫をしたとかは、できあがったものを見た人に伝わらなければあまり意味はないと思うが、見る人がぼんくらでただぼんやり見ているということもあり得るので、私などはいろいろ気づかされて面白い。そういえば、成瀬巳喜男監督の『流れる』という作品について蓮實重彦が語るのを聞いた時も、映画ってそんな細部を見るものなのか!と驚き、大いに目を開かれたことがあった。 そういうわけで『歩いても 歩いても』と『海街diary』についての対談を読んだ後、Amazonプライムでもう一度見てみたら、やっぱり違う目を開かれた。 『海街diary』に出演していた広瀬すずちゃんは15歳時にすでに朝ドラのなっちゃんになっていた。 また、綾瀬はるかは相当頑張っているのにあっけらかんとしていて好きな女優だが、彼女に関して是枝監督は次のようなエピソードを紹介している。 その現場で綾瀬はるかさんとおはぎを食べるシーンを撮影したときのことだ。座るやいなや希林さんは綾瀬さんに向かって「あなた、その顔はどこもいじってないの?」と問いかけた。「はい、いまのところどこも」「へえー、そうなの。いいわねー」「ありがとうございます」と綾瀬さんは屈託のない笑顔で希林さんの暴力的な視線と言葉を受け止める……(以後、会話続く) 一歩間違うとお芝居を一緒にするどころではなくなる危険性をはらんだやりとりではあったが、どの質問も逃げずに受け止め投げ返した綾瀬さんの人柄に希林さんも好感をもったのか、撮影が終わるころには「あなた……、美しいっていうのは何よりの才能よ」と珍しく褒めていた。 #
by Kcouscous
| 2019-09-29 10:52
| 製本/本
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2019年 09月 22日
![]() 前回の記事と同じく、これも折りのコンセプトを利用している。 円形の紙の周辺を上方に引っ張ると、平面から三次元のかたちが立ち上がってくる。 ここはさまざまなパッケージを製造する町工場だったのが、ペーパークラフト作家や若いクリエイターたちと協働することで、いまいろいろなオリジナル作品を作っているそうだ。 また上から押し下げると、 平面に戻る。 一枚360円。 #
by Kcouscous
| 2019-09-22 11:21
| あれやこれや
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2019年 09月 16日
![]() 三連休の最後の日は雨となった。 蒔き忘れたり、変な時期に蒔いたりして朝顔が育たない家だったが、先週から朝一輪ずつ清々しい白い朝顔の花が咲いている。誰からもらったタネだったのか思い出せない。 *今日の一冊 『MIYAKE ISSEY展: 三宅一生の仕事』(求龍堂/2016) 最近、デカくて重くて値段の高い本はめんどうがらずに図書館から借りることにしている。この展覧会は確か、数年前に国立新美術館で見た。 三宅一生の服は素材に工夫と面白さがあって好きだが、この展覧会でもチューブ状に編まれた長いニット地にハサミを入れて切り出すだけで服になってしまうものや、様々な再生素材やハイテク素材を使ったものがあってとても面白かった。プリーツでも、普通の服は細かいひだ状に加工された生地を裁断して縫製しているが、イッセイさんのプリーツやカリフラワー(布をくしゃくしゃに圧縮したシリーズ)は、最初にガリバーの服かと見紛うような巨大なサイズの服を作って、それを圧縮加工して通常のサイズにしている。緻密な計算と計画が必要だろうし、ほとんど数学だなと思うのは、折り紙のコンセプトを使った次のシリーズでも同じだ。 パタパタと折り畳まれた平面の布の一点を持ち上げるとふわっと立体造形に立ち上がり、それを人が身にまとうことで初めて服になる。表紙の白い服も、要所要所にドットボタンが付けられただけの四角い布でできていて、着る人が自分の体型や好みに合わせてかたちを作れるようになっている。 展覧会場には30cmくらいの人体モデルと作品の雛形とタブレットがいくつか置いてあって、観客が動画を見ながら人形に服を着せてみられるようになっていた。なかなか難しそうなので躊躇している人が多かったが、私の前にいた若い女の子がおずおずと手を伸ばして着せ始めた。さすがに若いだけあって(^^)画像を見ただけでスムーズに着せ終え、また脱がせてパタパタと折りたたんで最初のかたちに戻したので、思わず「おー、すばらしい!」と言って指先でそっと拍手したらびっくりして振り返り、それからうれしそうにニカッと笑った。その顔を見て、知らない人でもなんでも、街なかでもっとみんなほめあったらいいかもなあ、ほめられていやな人はいないんだしと思ったのを、いま思い出した。 #
by Kcouscous
| 2019-09-16 15:44
| 製本/本
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2019年 09月 08日
![]() ![]() 記念グッズ・ブースにてTシャツ購入。2000円。 劇場や展覧会でTシャツを買うのが趣味^^。 ![]() ![]() #
by Kcouscous
| 2019-09-08 10:12
| あれやこれや
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2019年 08月 30日
![]() ![]() 『「他者」の起源』トニ・モリスン著/荒このみ訳(集英社新書) 先日亡くなったトニ・モリスンに敬意を表して。 しかしこの本、すごく難しい。書かれているのは、帯の文句の「人はなぜ『差別』をやめられないのか」という単純な問題ではない。そういう『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』という類の本ではぜんぜんない。人間は自分を定義するため、自分の存在を守り、優越性を確立するために「他者」や「よそ者」を創りだすのだと明言しているわけでもない気がする。「自分のなかの『他者』」という言葉も出てくるのだから。すごく文学的で、言葉の使いかたが非常に多義的なので、一通り読んでもさっぱりわからない。あまりわからないので、私の頭がハーバード大学の聴講生のレベルに届かないからか、訳文のせいかと捨て鉢に怪しんだが、トニ・モリスンは自作を含めたさまざまな文学作品の深い分析を基盤にして考察しているわけだから、「そうか、だからさおだけ屋は潰れないのか!」というようには簡単にわからないのはしかたないのかもしれない。 しかし「アメリカの黒人」とは言うがアフリカの人々は自分を黒人とは思っていないとか、東欧や北欧からの移民はアメリカに来て初めて自分が白人だったと知るとか、ストウ夫人は奴隷制への恐怖から『アンクル・トムの小屋』を書いたとか、扱われている題材は激しく面白いので、もう一度じっくり読み直してみたい(抱負2)。 そういえば最近、必要があって柳田國男の『海上の道』(岩波文庫)を読んだが、その解説を意外なことに大江健三郎が書いている。「これ、解説か?」と思うくらい大江健三郎の文章も読みにくくてわからないのだが、そのことを指摘されたとき、自分は意図的にわかりにくい文章を書いているのだと大江健三郎は言ったそうだ。読みにくい文章に引っかかればそこで読者は考えるから、と。そこまで親切にお膳立てしてもらわなくてもいい気がするが、まあ、たまにはじっくり考えてみるか。
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by Kcouscous
| 2019-08-30 10:34
| 製本/本
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Comments(6)
2019年 08月 24日
![]() これは友だちがiPhoneで撮った写真。写っているのは上映後に舞台挨拶に現れた井浦新と横田初喜監督。ここは70人か80人くらいしか入らないミニシアターなのだが、こんなところまでまめに映画の宣伝にまわり、「朝早くから見にきてくださって本当にありがとうございます」と律儀に挨拶して歩いていて、営業もなかなか大変だなあと思う。 しかし、いつもスクリーンで見ている人物の生身の姿を見るというのはたいへん面白い経験である。まあ単なるミーハー的関心とも言えますが、なんというか、虚像と実像の落差が面白い。実像でもスターを演じていて、会う人を華やいだ気分にさせる人もいるし、一見周囲の人と似たような格好をしていながら、タダモノではないという雰囲気を周囲に鋭く放っている人もいるし、案外「普通」の人なんだと思わせる人もいる。井浦新は崇徳上皇もやればヤク中の危ない刺青師も演じ、パリコレのモデルだったり自分のブランドを持って服をデザインしたりしているにもかかわらず、目立たない服装をして、すごく普通の人という感じがした。精神が強靭なんだと思う。
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by Kcouscous
| 2019-08-24 22:29
| 食べるもん
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